2026/4/17(金)

 これまでの日記や書いたものを、私としてではなく、私の個の一側面として捉える、私がそのようにして受け入れることによって、何か書くものや書かれたものを他者に読まれることを意識した時に生まれる恥ずかしさや後ろめたさを変質させられるのではないか。私の否定ではない。受け入れる、と書いたときに、それだと今まで否定していたみたいだなと思ったけれど、あるかたちでは否定していたのかもしれない。
 内面化した他者性社会性があり、それらからの非難が強く、溶かしていければと思ってはいたが、しかしそれらもまた否定しきるものではなく、私の個としてそういった一側面同士がぶつかりあうところにうまれるものもあるかもしれない。町屋良平が『ことばの学校』で言っていた「他者のことばと自分のことばの擦れ目に文体がうまれる」みたいなことを思い出した。
 今回の失踪、逃亡で、友人たちは私を心配してくれた、探してくれた、助けてくれた。愛されていると友人が言ってくれた、私もそう思えて嬉しかった。

 日記は私の全てなどではなく、友人の中に私がおり、それもまた私なのだった。友人や職場の人など、それぞれの他者に投影された私があり、私の中にある他者もまた私に映った他者であり、誰かの中に映る誰かとして誰かはたくさんある。映っていない誰かもまた誰かである。ほんとうの私などはなく、あるとしたらそれら全てであるしそれら全体なのかもしれない。「部分が全体に奉仕するようにではなく、全ての部分に全体が宿るように」を思い出した。全ての誰かに映る誰かに、その誰かの全体も宿っているのかもしれない。
 私ではないと、こんな私ではいけないと否定せず、個の一側面として受け入れられれば。私の否定ではない。内面化した他者性社会性によって生まれる恥ずかしさや後ろめたさを感じながら、咎めるようにして言う、何考えてんだ何書いてんだいたいたしい、みたいなことを。

 日記や書いたものを私は私として捉えすぎていたのかもしれない。『不可分なわたし』は少し離れていた。『只中のここちよい』の詩を今日読み返してみたけれど、それも離れていたと思う。でも日記は。日記を私として捉えすぎていたような気がする。読んでもらう人やあまり読まれたくない人をおもったり、読んでもらうためのいいわけを待ってみたり。日記本がそうだった気がする、いやそうでもないのか、彼女が日記本のことを言ってくれたことは大きな理由だった。読んでもらう人やあまり読まれたくない人をおもったり、公開用の日記を酒の勢いをかりないと投稿できなかったり、それは私を曝け出すことに対する抵抗、ためらいだったのかもしれない、と思って、やはり私として捉えすぎている。私の全てではない。読まれたくない人をおもっていたのも、その人たちは会って時間を過ごすときの私以外の私をあまりしられていないかもしれないと思っていた人たちであり、その私と日記の私との差に戸惑わせてしまったり、距離が生まれてしまうことがこわかった。日記が私であると、思いすぎていた。
 こわかった。私のことを知られることで離れられてしまうかもしれなくてこわかったのかもしれない。私が否定する私のことを、知られてしまうことが、こわかったのか?私が私を否定してやまないことが、ここにつながっているような気はする。
 ここ最近、失踪、逃亡する少し前とその後に、昨年のお盆だったかに買った坂口恭平の『自己否定をやめるための百日間ドリル』を読んで私も否定することをやめられないかと考えられていて、今休んでいること、私がどうやら社会との相性が悪そうだぞということ、できないこと、いわゆる”ふつう”に社会生活を送るには多大な無理が必要そうだぞということ、逃げてしまったこと、心配をかけてしまったこと、迷惑をかけてしまっていること、そうしたことらをもって私を否定することを、かわせたりしている。でもやっぱりまだ苦しくなる。そのことにふれると体が強張り重い。明石の部屋では今日も寝不足だった。時間は必要そうである。
 でも今日はこうして書き始められている。書くことと考えることがぴたりよりそっているようなあの感覚にはまだ程遠く、それはやはり長いこと何も書けていなかったので仕方がないことであるし、始められただけで嬉しいのだ。ギターも弾き始められて、弾いている間は心地よい。チューニングもまた新しいのがみつかった。嬉しい。
 薬も捨てられた。何年か前に余らせていた大量の薬を逃げ道として持っていてしまったし、逃げる時にもそこから持っていっていたのだけれど、全部捨てられた。
 日記の書き方も変えてみることにしようとしていて、日付を最後に記すことにした。これもまた変わるかもしれないけれど。義務感で書いていたわけではなかったけれど、やはり書けていなさが現れてしまいそれに少なからずダメージは受けていたのだと思う。また、いつだったかをはっきりと覚えておく必要はない、というようなことを考えたと思う。先日下書きに残していた、まだ下書きしかかけていなかった、

時系列を気にしすぎではないだろうか。過去も未来も、全てがそれぞれの今としてあるのみ、とも考えられる。私の今も、経過した今によってかたちづくられ変容しているものではあるが、それを確かめるようにして時間の順番に並べる必要はなく、私の中に遍在している、それぞれの今があり、私の今が瞬間瞬間。

 いつだったかはそこまで重要じゃない、のではないか、思い出ではない。過去も未来もそれぞれの今としてあり、それぞれの今が場所時間の双方に痕跡としてある、主体にはまた別のありかたで痕跡としてある。過去と今だけではなく未来の今も痕跡としてあるかもしれない、主体にはまた別のあり方、別のあり方はどんなありかただったっけか。保坂和志の『こことよそ』だったか『ハレルヤ』だったか『十三夜のコインランドリー』だったかの中に書かれていたこととつながって浮かんだが、どんなありかただったか。

 

2026/4/17(金)

 

8/20(水)

 コロナのおかげで長引いたお盆休みも今日で終わりで、仕事するかおえーーーと思っている。今日は一段と現実逃避に精が出た1日であった。いっぱいゲームをしたし漫画を五冊も買ってしまった。節約しようと思っていたのに、なんてことだ。こういったお金の使い方を我慢することができない気がしていて少し不安である。完全に逃避行動だと思う。買ったものは全て読んだ。おもしろかった。ゲームと電子書籍だったからなのか少し頭が重い。と思ったが、仕事ではほとんど一日中パソコンの画面を見ているのになんでだよ?と腹が立った。お盆休み中はそんなことがなかったからかもしれない。ブランク。

 最近はソワソワしてウロウロするしイライラするしウダウダウジウジするしぐったりする。ごまかすみたいに笑ってしまう、笑うことが感情表現の中で幅を利かせすぎている。電車に乗るのが怖くなったし、曲も日記も全然手につかなくて困った、つらい。落ち着かない、慌ただしい。おちつきたい。暑すぎるからかもしれない。そういえば暑すぎる、焼けたし痩せた。もう来年の夏はずっと眠ることにする。暑くて目が覚めてしまってはいけないから、コールドスリープにする。

4/6(日)

 会社の近くには海まで繋がっている長い川が流れていて、通勤退勤時にはそこに架かっている橋を渡る。たまに海の匂いがするその川は、基本的に川底や泳いでいる魚が見えるくらい浅くて流れも緩やかなのだけれど、雨が降っている日やその翌日なんかは増水していて流れが速くなったりしている。そういう日は普段は川の水に沈まないでいる砂利の部分や長い草がぼうぼう生えている部分とかは沈むし、すごいときは河原が浸かってしまうぎりぎりくらいまで川になっていたりする。
 橋を渡るときは大抵川の方を見ながら歩いていて、川では鴨がゆらゆらと泳いでいるのか流されているのかしていたり、白鷺が歩いていたり、青鷺がじっとしていたりする。そういえばこの間、泳いでいる鴨についていくようにして白鷺が歩いていた。最初はたまたま進路が同じなだけかと思ったけれど見ている間はずっとついていっていて、私が橋を渡り終えて道を曲がって、そこから道は川の流れと並行に伸びているのだけど、そこを歩きながらまた見てみてもまだついていっていた。その後に鴨が大きな動きで水面を揺らして、白鷺はびっくりしたみたいに離れていった。じゃれているみたいでかわいかった。
 この間その橋を渡っている時、久しぶりに河原にヌートリアをみつけた。ヌートリア、と思って、歩きながら草を食み食みしているヌートリアを見ながら、ヌートリアユートピアで韻を踏めないか考えていた。ここはユートピアだけどお前はまるでヌートリアのように外からやってきた厄介者だ、みたいな内容だったと思う。みたいな内容だった、と書いて説明する時にライムもフロウもここにはないから破綻している。こんなことをしていたらMCバトルが始まって私のターンが回ってくることはなく延々と罵倒され続けるかもしれない。
 ヌートリアを初めて見たのは一昨年の梅雨くらいで、その時は確か帰り道だったと思う。湿った青々しさで茂っている河原の草むらを見ながら歩いていると、茶色い毛のげっ歯類みたいな動物がでてきて、そのときはヌートリアのことを知らなかったからびっくりして写真を撮った。ビーバー?なわけないしカピバラなわけもないし、と思って調べたらヌートリア外来種で、捕まえて市役所か県庁かなにかしらの機関にもっていったらお金をもらえるらしかった。新しい職場になってまだ半月も経っていなくてしんどかったので、外来種ハンターになって暮らそうかなと適当に考えたりした。
 そんな感じでヌートリアを見たりじゃれる水鳥を見たり、何か目を引く瞬間とそこから始まる思考があった日は立ち止まって日記の下書きに断片的にそのことを書いている。仕事をしている間にそのことは忘れてしまうので、日の終わりに日記を書くためにページを開いたら覚えてない下書きを見つけることになって、それは嬉しいし面白い。なので下書きを書いたらそのことを思い出さないためにアプリを切っている。つい最近は足取りが軽いミニチュアダックスフンドを通勤中に見つけてそのことを書いていた。足取りが軽く見えたのは飼い主と一緒に歩く速度とダックスフンドの足の速さがなんとなくつりあっていないように見えたところや、ダックスフンドの歩く足は前に進もうとしているだけでなく上にも進もうとしているみたいでスキップをしているように見えたからで、その下書きをもとに日記を書いていたら、月面で散歩したら一歩目でふわっと飛び上がってしばらく降りてこないかもしれない、みたいなことになった。飼い主はダックスフンドがちゃかちゃか足を動かしながら降りてくるのをにこにこと待つ間に地球を眺めて、今日も地球は青いばっかりでつまらないね、真っ黄色になったりしないかな、とダックスフンドのダイちゃんに話しかけている。ダイちゃんはもうすぐ月面に降り立って、たぶんまたふわっと飛び上がってしまう。
 下書きに残せる日ばかりではなくむしろそちらは少なくて、大抵はせかせかと歩いている。せかせかと歩いているが会社に近づいたらその前にある信号にはできるだけひっかかるようにして歩いて、信号を待つ間は目を瞑ったりしている。信号が変わって歩いて会社の入り口に入る前におまじないのようにして社員証を見る。社員証には私の名前が印字されているのだが、その名前はちょっとだけ間違われていて名前の最後の漢字が微妙に違う。読みは同じだし下の名前を名乗ったり使われたりすることはないし、もう入って三年目になるが何もない。入った最初に社員証を渡された時にそれには気がついて、これは言わないといけないよなと思いながらパソコンを開いてメールとかシステムにログインしたら、総じてその名前で登録されていたので結局いえずじまいのまま今に至る。その間違えられた名前を見て、会社の私、と思い込むおまじない。もうあまり効果はない。というか最初から効果はなくて、それは帰ってからあーうーと呻いてうだうだしたり謝ったり笑ったりしたり全てが遠く何も手につかずに寝てしまう日はあるからで、冬はエアコンをつけたままで寝てしまうから電気代が嵩んで嵩んで絶句した。最近電気代は高騰しているらしいし、室内乾燥機で洗濯物を乾かす日が増えているので、、、と思うことにした。でも間違えられた名前の私は無茶な仕事が意外とうまくいったりしてあそこに馴染みつつあるので、マシにはなってきているような気がする。
 来週の晩ご飯用にぶりのあらでぶり大根を作っていたのだけど、考え事をしながら調味料をいれていたら、醤油をいれなくてはいけないのに容器を間違ってめんつゆをいれてしまっていた。適当に水と醤油を追加した。できあがったらおいしかったのでよかった。この間もめんつゆを使った煮込みを作ったときに思ったが、できあがったものはうどん屋の匂いがする。

11/2(土)

 雨風が強くなってきて部屋から出られないから、もう昼間から飲むしかないと思って酒を買いにでかけた。ということを書きたかったけど、やっぱり部屋から出られずに昼寝してしまった。昼寝ができて大変良い。起きたら雨は止んでいたので、今晩のビールを買いに出かけた。来週用の食材と、つまみと、ポテトチップスまで買ってしまった。雨でずっと外が薄暗かったから時間の感覚がぼんやりしていたので、飲み始めようとした時にまだ18時になっていなくて驚いて、驚きながら飲み始めた。三連休だから上機嫌。曲がぼちぼち進んだり進まなかったり、インディアンスがおもしろかったりしながら飲んでいる。
 先日、通勤路にライオンの頭のキーホルダーが落ちていた。何かしらのライオンのキャラクターの頭だけの、ぬいぐるみチックなキーホルダー。歩きながら見た感じでは、たべっ子どうぶつのライオンっぽかったけど、調べてみたら微妙に違う。確か落ちていたライオンのたてがみはもうちょっとギザギザしていたような気がするし、もうちょっと色味は単調だった気がする。ちゃんとその場で調べておけば良かったと思う。朝だからせかせかしていた。
 通勤路には時々何かしらが落ちていて、この前はドーナツのぬいぐるみが落ちていたし、その前は蒸しパンみたいなスポンジ、その前はおにぎりがおちていた。ドーナツはぬいぐるみかどうか怪しかったけど、小さいし鮮やかな色味だったから多分ぬいぐるみだった。蒸しパンみたいなスポンジは、ちぎれていて食べかけみたいな風貌をしていたから最初は蒸しパンかと思ったけど、三日間くらいに渡って同じ状態で落ちていたからあれは多分スポンジっぽかった。おにぎりはちゃんとおにぎりだった。それは去年の12月で、おもしろかったから日記に残していた。
 おにぎりには、のりたまらしき黄色いふりかけがかかっていてまだおにぎりだとわかる形を保っていた。側には包んでいたであろうラップが残っていて、風でとんでいきそうだった。二羽のカラスがそれを啄んでいて、近づくとカラスはそばにある柵に飛び乗った。朝からごちそうだ、と二羽がかりでラップを器用に剥がしてこれから食べ始めるところだったのかもしれない。申し訳ないことをした。でもたぶん通り過ぎた後でまた食べ始めたと思う。きっと誰かの朝ごはんか昼ごはん、昼ごはんの線が強い。落とし主はどうしておにぎりだけ落としてしまったのか。自転車で走っていたのだろうか、鞄が空いていたのだろうか。ぽろりとこぼれて地面にぺそり、走り去られるおにぎりを思い浮かべた。寒い朝に黒いコンクリートの上でよく冷えていくおにぎり。カラスには食べやすそう。落とし主はいつ気づいただろうか。自転車を降りて鞄が空いていることに気がついた時に、おにぎりのことも気がついただろうか。そうだといい。お昼になって気がついたなら悲しい。おにぎりないじゃんと、一息ついた昼休憩の始まりがそんな落胆であったらお腹が減る一方だ。満たされるはずだったものが満たされない。落胆も空腹を呼んでお腹の音はハモリだす。ぐうとぐう、くるるる、おにぎりないじゃん。
 おにぎりのことを書いたら何か食べたくなったので、もう少ししたら食べることにする。夜も遅いけどシメを食べたら二日酔いになりにくいっぽいから、仕方ない。

4/13(土)

 ギターが2カポの曲をつくっていて、どんなギターになるかどんなのかいいか探している時に弾いていた音の中で、じわわとしみ出る懐かしさがあった。これなんだっけ、2カポから数えて6弦の3フレット目とあとは押さえなくてアルペジオ、これなんだっけ?懐かしさの所在を弾いてはたぐる、けっこう前のような。
 日記をつけているのと、アマゾンフォトが「何年前の今日」という写真を表示してくれるからなのか、時系列に強くなっている。いつか誰かと話していた時にあの出来事はいつの話だったけとなって、うーんと思い出しながらその時の状況や写真やそこに写る服装を思い出してそれぞれの時間から割り出せた。大学入学が何年だったかと社会人になったのが何年だったかと、転職したのが何年だったかと転職してから派遣先が変わったのが何年だったかと、そんな感じの節目になる年月が割とあるからそれを覚えておけば日記と写真の暦感で思い出す出来事が何年くらいだったかがなんとなくわかるようになっている。さっき見たAmazonフォトの写真は、7年前にローソンの制服を着て腕組みをする自分の写真で、そういえばこれはVSイベントのフライヤー用の写真でそれをバイト先の後輩に撮ってもらったということまで思い出せる。写真にはバックヤードが写っていてコンプラ的に大アウトである。でもフライヤーではちゃんと自分の姿だけ切りはりされていたので、20歳を超えたらモラトリアムでも超えてはいけないラインがわかっていた。フライヤーを作ったのは私ではなく別の誰かだったので、わかっていたのは別の誰かである。切り貼りした誰かがコンプラを意識したのかどうかはしらない。自分で作っていたらわかっていなかったかもしれない。
 でも記憶力がいいわけではなくて、数年前の祖母の葬式で、兄から「こんなことがあったよね」という思い出話をされたのだがそのことを全く覚えていなくて残念がられてしまった。実家の近所にあったダイエーの三階には昔ゲームセンターがあってそこで遊ばせてもらったという内容だった。まだ実家で暮らしていた時に既にその三階は閉鎖されていたから相当昔の出来事なので、覚えていないのも無理はない、はず。兄は幼い頃のことを結構覚えているらしい。二階にあったデュエルマスターズのキーホルダーのガチャガチャを回していたのは覚えている。それは兄とだったろうか。
 中学生の頃に僕という一人称をやんわりからかわれて、多感な時期の中学生は自分の一人称のずれに過敏になって、結局大学1年生の後半くらいまで一人称が使えなかった。一年生の時に食堂で、自分のこと何て呼んでいるのと尋ねられた時に焦った記憶がある。一人称を避けていることを見破った鋭い彼は今でも会ってくれるので好き。最近博士課程に進んだらしい。その後周りの人や先輩と仲良くなれたことによって、僕という一人称が復活できた。でも一人称をからかわれてからは俺という一人称を使おうと試みていて、頭の中で練習していたのだけど結局使えず、頭の中にだけ俺という一人称が残ってしまった。
 僕という一人称と一緒に自分の足場も復活したので、その後からの記憶の方が定着がいいのかもしれない。大学生以前のことを覚えていないわけではないが、大学生以前の知人との関わりはもうないので思い出すきっかけがない。いや、でも最近高校の部活のことを思いだしたそうだった。先がとんがった革靴を履いていた部活の顧問の先生はあの時今の私と同じくらいの年齢だったろうかと思い出したのだった。やまてぃーと呼ばれていた山下先生、すらっとして運動神経がよくてしゃきしゃき動く先生。覚えていないことはない。
 思い出される記憶には思い出される何かしらのきっかけに触れたことが原因なことがあって、ギターの音もそうだった。最初に就職した派遣先の研修で、食堂ででてきた和え物の味でも似たような懐かしさと共に思い出されたのが八剣伝で、でも八剣伝ということ以外はわからなかったから、食べ終わった後に食堂の人にこれは何の味ですかと尋ねたら、柚子だった。柚子ハイボールでも飲んでいただろうか。懐かしさの所在である場所ににいない今でそれを喚起させるのは視覚以外の感覚で、でもそこまで精密でないであろう感覚で思い出されるのはその感覚以外に寄り添いうる感情があったからなのかもしれない。朝みたいな夜とか、時速60キロのブリとか。
 日記本をつくって、日記の中で全然改行をしていないことに気がついてしまってから日記の中に改行を含む意識が芽生えてしまった。でもこれは公開用に書こうかなと思っていたからいつもより多めに改行していると思う。いつもより多めに回しております、傘の上で玉がくるくる多めに回っている。よくわからないサービス精神。ここ数ヶ月、職場で自分がやってることは案外いい感じなのでは?と感じられているので余裕ができているのか、寂しくなったりしている。春だからかもしれない。ギターの音はなんだったけ、もう少し探してから眠る。明日は午前中に来週のご飯を作る。挽肉が安くなっていたので、厚揚げと春キャベツと一緒に炒めた何かを作る。おいしかったらいい。新玉ねぎも買ってしまった。ホタルイカはさっき食べた。旬というのは魅力的な響き。小栗旬という名前はずるいけど諸刃の剣なのかもしれない。たけのこも食べたい。

オムライスの日への展望

 八月に二つ応募したエッセイも九月に応募したエッセイもことごとくダメでありゃりゃという感じだったので、その中のオムライスの話を野に放ちます。八月の応募の一つはいくつでもだしてよかったから、数撃って当たれと思いながら日記を整えて四つくらい応募したもののバツ。もう一つには、水道会社から督促状が届いた日記を整えて応募したもののバツ。九月のやつの応募要項には、生活の中の感情がうんたらと書かれていたので、オムライスは生活の中にあるしなということでオムライスの日記を集めてつなげて整えたものの、これまたバツ。後もう一つ十月に応募したものが残っているので、お願いしますよと思いながら待つ。十万くれ〜と応募して、まあ十万もらえるしなという投げやりの感情が支出を担ってもいたからもらえなくて残念。次はなんとかお願いします。

 

 新しい部屋に引っ越してきて半年と少し、大学生の時にピークを迎えそれ以降は萎み気味であった自炊が緩やかに再開し、再び本格的に始めてから半年弱になる。料理に対する楽しさを感じ始めてから、料理だけでなく掃除や洗濯を含めた生活の実感に体重を預けるとそれ以外の時間の不安が預けた分薄らぐ、という自分なりの解釈を得た。そこからの生活の実感を得る時間はにこやかで、部屋はきれいだし洗濯物はいい匂いがするし野菜をよく食べて、健康診断の結果は体重が増えていたことを除くと花丸であった。料理を作るのは基本的に休日のみで、その日の昼食と夕食と、平日の夕食と弁当の作り置きが主であるのだが、二週間に一回はオムライスを作る。作るのは大抵土曜日の夜で、夕食兼お酒のお供である。オムライスを作った後は、決まってその匂いがしばらく残って漂っている。オムライスは人ではないにも関わらず、その匂いを残り香と言いたくなる。何を作ってもその料理の匂いは漂っているはずだがオムライスの残り香は殊更好きで、この残り香も含めてオムライスの楽しみとしている。作って食べて漂って。

 今回のオムライスのケチャップライスは、加熱調理におけるおいしさの秘密の一つであるらしいメイラード反応を意識して、玉ねぎをいつもより注意深く焼いて作った。みじん切りにした玉ねぎの一片一片が小さいからかいつも少し焦がしてしまうので、弱火でじっくり、捉えることが難しい色の変化に目を凝らしながら「メイラード反応…」と唱える。週末の作り置きのために買っておいたベーコンとぶなしめじも入れた。そうしてケチャップと、別の料理のために最近買っていたウスターソースを入れて焼いて、ケチャップライスが完成した。次はオムの部分である。フライパンの温度が八十度程になってしまうと卵がくっついてしまうらしいので、卵を入れても温度が下がりすぎないようにフライパンを入念に熱してから卵を注いだ。そうしたら一気に焼け始めたので慌ててかき混ぜてふわとろの卵のようにして、フライパンの温度が下がる前に素早く、破れないように慎重に、フライパンをとんとん叩いてケチャップライスの上に滑らせる。見事に卵はくっつかず、しかしちらりと見えた裏面は少し茶色がかっていた。メイラード反応、と思いながらそのまま乗せると、表面は半熟のため見た目はとってもおいしそう。味の方はいかにと、まだ残り香になっていない方のオムライスを食べてみたら見た目通りのおいしさであった。ビールを飲む。恐らく多くの人が知っていてそれを独り占めしたいがために大々的に公開されていないことだと思うのだが、オムライスはビールに合う。オムライスがメニューにある居酒屋やバーはそれとなく伝えてくれていた。

 食べ終えて、残り香になったオムライスを嗅ぐ。オムライスのみならずおいしいものの悪いところは、食べたら無くなってしまうということである。おいしさの余韻と残り香だけを残して去ってしまうなんて意地悪でずるい。でもおいしさへの感情はそういった非難の感情と別の部分でもはたらいているので、嫌いにはなれない。だから何度も作って食べて漂って嗅いでいる。この残り香も目で見えたらもっとオムライスの日になるのに、と思う。煙のようにゆらめきながら立ち昇って、食べた後に匂いに気がついて天井や壁に目をやるとその匂いの姿が所在なさげにうろうろしていたら。何色だろうか。つやっとした卵の黄色に夕焼けのようなケチャップライスの橙色。黄色と橙色の匂いの姿が消えていく前に空間を漂う、そこまで含めてオムライスの楽しみ、オムライスの日にしたい。そんな日が迎えられるのなら、借間だけれど部屋のど真ん中で換気扇を回さずに作りたい。じわじわと火が通っていくことによる姿の変化とそれによる匂いの姿の変化が、ご飯や玉ねぎやケチャップや卵などの要素一つ一つにオムライスが宿っていく様があって、完成したそれらを味わう。そうして目に見える残り香になる。作って食べて漂って。食べたオムライスが体内で、残り香になったオムライスが体外で、お互いにどことなく気を遣っているように踊って、今日はオムライスの日だと私はそれを眺める。残り香が壁と天井を覆って、部屋の中は卵に包まれたケチャップライスのようになる。匂いを暖かく被せられたケチャップライスの部屋に私も同化して、オムライスになれる。

 そんな休日、素晴らしそう。そう思いながら残り香をかき分けて食器をシンクに持って行って、水につけておいた。食器をそのまま放っておいたら洗う時に大変になることもまた、おいしいものの悪いところだ。

 

 オムライスになれることはないからエッセイではないのかもしれない。エッセイのことをよく知らないまま応募して、モンテーニュの「エセー」かそれについての本を読もうかなと日記に書いていたが、結局読んでおらずエッセイについて知らないままである。知らないけど最近は永井玲衣のエッセイがとても好きでよく読んでいる。十月に友達の結婚式があり、それまでの時間を潰す目的で行った図書館で読んだ「群像」の中に収録されていたものがとても好きで鼻をすんすんいわせていた。「世界の適切な保存」という連載らしいので、それからは図書館に行った際にはそれを読んでいる。駐車料金は一時間しか無料にならないためそれをちょっと気にしながら。十二月に衝動買いみたいにして買った「水中の哲学者たち」を読んだり、太田出版というところのwebマガジンに連載されている(されていた?)「ねそべるてつがく」を読んだりしている。少し前に本屋で新しい号を立ち読みしようとしたら見当たらなかったので、もう連載終了してしまったのだろうか。

 少し前にドリアが食べたくなって、オーブンがないから炊飯器で作れるレシピを探したら見つかったのだが、そのレシピでは炊飯器でチキンライスを作った後にチーズとホワイトソースをかけて蒸らすという作り方だった。そのため、オムライスにしたらおいしいのでは?と思ったのでそうした。チキンライスができてとてもいい匂い、作っておいたホワイトソースとチーズをかけて蒸らして、卵をつくってそれにのせた。オムライスロード、ネクストステージへ、、、と思った。チキンライスが上手にできたしチーズとホワイトソースはまずいわけがないためとてもおいしかった。しかしはちゃめちゃに重たかった。ネクストステージにはまだちょっと早かったかもしれない。

11/4(土)

 大切な人たちに短い期間の中で何回か会うことへの不安は、その人たちへの想いが薄れてしまうからではなく、基本的に元気がなくて鬱々としている自分が表出してしまいそうだから、だということを考えた。出発点である不安はそのままであれどそれは時と共に変容していき、だからそれに至る思考は変わる、変わるということが正しくはなく、でてきた理由や思考が時とその間の自分によってその都度形取られていくといったほう近いのかもしれない。会いたい人には会いたいしそうして快い時間をすごしたい、身を委ねていたい、会って話がしたい笑顔を交わしたい。笑顔でなくともその人の話をきかせてくれるのなら、楽しさ嬉しさのみでなくその人自身の今をきかせてくれるのなら僕はうんと聞きたいし何を言えるのかはわからないけれどそれに相対した言葉があってほしいと思う。それがどうきこえるのかはわからないし傷つけてしまうかもしれないし距離を感じさせてしまうかもしれない。でも誰も今のその人であって距離と時間は過去の姿を留めさせないからどうしようもない。ただそれぞれの今の姿であっても過去による繋がりを今として保つことができたのならそれはまた新たな喜びで大切さの更新だ。そうしてあなたたちと繋がり続けることができるのならどんなにいいかと思う。現段階での私の生きていられる理由あるいは原因は、一人称の希釈への願望とその最中、そして大切な人たちである。大切な人たちの曲をつくる中で重すぎる愛はますます肥大化していてでも曲とそのための絵を描く中で、主観だけで見るとその醜さはほんの少しだけ、少しずつ剥がれている。

 人称の分裂は日記の話で、あなたもわたしもおれも僕も、その都度かわってそこでそうらしい人称を使用している。それが正しさなのかどうかは知らない。逃げでもいいよ、日記に任せてそのままでいたらいいよ。いいのか?日記ばかり書いて本当にいいのだろうか。10月が終わっていたから、エッセイを応募し始めてから始めた日記のカテゴリわけ、月一回するようにしたカテゴリ分けを先ほどしていたのだが、ほとんどの日記を「なんとなく」にわけてしまった。カテゴリについてはエッセイを書くにあったて最初に作ったもので、それはすぐにその意味をなくして幾つか作ったカテゴリの中でももう今はそのうちの三、四個しか使わない。そして多くは「なんとなく」に割り振られている。なんとなく好きかも思ったもの。「なんとなく」の次に多いのが「大切な人たちへ」だから、大切な人たちに対する感情から生まれた日記があることに安心する。憂鬱や不安で頭がいっぱいでもその中でその人たちを考えることができている。曲やらなきゃ。

 先ほどまで何を書いたかあまり覚えていないから良い具合に酔えているのかもしれない。ワインを飲み始めてからか頭はそれほどぐらぐらしていないものの足はふらついて、トイレに行くまでにくらっとしたついでにくるりと回ってみた。酔いの影響の比重は身体にふれている。でもその分思考回路も酒に浸かっているだろうから、まだまともであるという錯覚で書いておいた方がいい。他者依存的な私の書く日記には他者がいて、でも一人称の希釈という喜びに気がつくことができたから日記に介してしまう他者は変わっているのかもしれない。癒着した他者は剥がれずそれは思春期と共に卒業すべき自意識で、できなかったからそれは成長をやめずスピンオフか隠しルートか描かれなかったそれからのように続いていて愚かである。

逃げるようにして曲に向かって、その中では自分がいない心地になれるから好きだ。そこではおそらく一人称を携えない思考でものを考え曲やら絵やら文章やらの中にいられているのでずっといたい。自分であるのかとか自分なのかとか考えていた時期もあったが、もう自分が鬱陶しくてたまらないので自分がいない心地になれること、自分がいないなんてことは生きている間は起こり得なくてその状態になれることは死ぬまでないのだけれど、擬似的でも錯覚でも一人称が消えた中にいられるということが嬉しい。それは大切な人たちとあっている時もそうなのかもしれない。自分という意識の希釈、いたい時間生きたい時間の中にいるにはそれに沈むことができる対象との触れ合いが必要で、自分のみでそこに至ることは難しい。その対象は曲なり文章なりをすることだしきいたりみたりすることであるし誰かであるし、もしかしたら歩くとか洗濯物を干すとか料理をするとか掃除をするということでもあるのかもしれない。ドラマー的身体感覚、冗談めかしたすかすかの論理を説明する空想をしていた。最初は連動に意識が向いているが積み重ねていけばその意識は細分化され、叩くということのみになり、それの組み合わせとなっていく。自分への意識ももしかしたらそれに似ていて、自分が行っている行為、先に書いたそれらは自分で行なっていることではあるが、任せる委ねるなどといった意識が自分の行動や思考に対してすらはたらきはじめ、それは他人事の領域ににじりより、そうしてその行為の細分化が進み行為と自分が切り離されている錯覚に気がつかないまま沈むことができ、その中にいる自分の意識が希釈される、というこれもまたドラマー的身体感覚と同じすかすかの論理で、後から見返して何言ってんだろってなるのかな。

 こんなことを書いていた日記があり、私が日記を書いているという感覚ではなく、日記の中で日記を書いているという感覚の中にいられている時かがあり、その状態をそうと気がつけてからそれが私の生きたい今であることになって、曲やらなにやらの中にいるときはそれでいられているような気がする。大切な人たちと話したり会ったりしている時もそうで、快さに身を任せられているから一人称は希釈されている、あなたたちとの接触の喜びからその時間の私は出発していてそこでの会話に対する後ろめたさは薄らいでいる、だからあばらやの思考をつらつら語ってしまうしでもきいてくれたりはなしてくれたりすことに、というよりその今に身を委ねている。委ねられてしまっているから後から反省や後悔が生まれもする。

あなたたちの叫びやわたしが震わされる何某かの作品での叫びのようなもの。自らへ、それを通した世界への叫びのようなものがあり、それが何かを訴えることでも伝えようとすることでもなくとも、ただその姿だけで共振するようにして自らの内に発する熱がある。物静かで黙していようとも蹲って頭を抱えていようともさめざめ涙を流していようとも、その姿が、その姿に。これもまた非道な感性なのかもしれない。辛く苦しむ姿に惹かれてしまうのはなぜなのだろう。あなたも生きているとおもえるからなのだろうか。あなたもその途方もなさで立ち尽くしていると思えるからなのだろうか。内と外に際限なく続く膨張の間で圧迫され、動けない、動きづらい、あなたも、と思うからなのだろうか。

 最近こんなことを書いていてどうしてだろうと思っていたが、カテゴリ分けのための日記の読み返しの中で、僕もだからかと思ってしまった。僕もだからか。苦しさに苛まれ続けその苦しさは全て自分が原因であることに対して苛まれ続け、生きづらいのは世界ではなく世界を見る己自身なのだと苛まれて、もう手も足も出なくて、手も足もあるけど出す先は自分だからそれはただ自分でいることで、自分でいることが苦しさであるのならばどう足掻いてもで、じたばたした手足は空を切る感触しか得られない。内と外に広がり続ける果てしない膨張の中で圧迫され溺れて、でもその都度縋る藁のようなものがある。藁だからとっても生きたそうでよかったね、浮かびはしないけれど。浮かびはしないけれど縋れて、縋れたほんの一時の安堵にいつまでもいられる。一瞬でも瞬間の最小単位はその中に存在しているから、その単位に潜り込んでがしりと掴んで、い、生きられている!

 僕もだからかなんてことを思ってしまったが、苦しさ始め感情はその人特有のかたちで、似ていることはあるかもしれないが同じではない、触れられない。誰かがほんとうは何を叫んでいるのかはわからない。でも近さで伝わる温度がある?昔読んだ梨木香歩の小説の中で「シロクマが北極にいることを咎める人はいない」とかいていたし、最近読んでいるヤマシタトモコの「違国日記」の中で「私が何に傷つくかは私が決めることだ あなたが断ずることじゃない!」とかいていた。これらのようなものが自分の中に残っているのは惹かれているからで伝わる温度があるからということだったらいい。あなたの中の苦しみはあなたのものでそれは何かと比較するようなことではなく、あなたが苦しいのならそれは苦しい。でもこれは、その苦しさに何も干渉することができず何にも和らげることができないということにもなってしまいそうで、苦しみは尊重されるべきだと思うのにそれがさらなる苦しみを生んでしまいそうだから、困ってる。 

何にも苛まれず何にもとらわれず穏やかな中で生きていてほしい、生きたい今にいてほしい。そう思うのはそれが決して叶わないことだからだ。苦しいことから離れなければならない離れた方がいい、そこにいる必要はない、そう思うのはそれが決して叶わないことだからだ。離れられないことだからだ。どこにいようが何をしていようが身の丈にあった、あっているのかわからない不安は馴れ馴れしく肩をたたいて一方的な親近感、肩を組んできさえするかもしれない。一緒の布団に入ってへへへと笑っているかもしれない。あいつらはそうしている、感触のない接触と接近を続けて今でもそばにいる。ずっと一緒だよと小さな声で囁くことが日課だ。触れられないし聞こえないけれど、思考の盲点で泳いでいる。あいつらはずっとそばにいて、頼んでもないのに、困っている。

 日記の中では最近困ってばかりいるし不安を擬人化してしまっていたりするから、見返したらおもしろい。

 もふもふの犬と接したい。いつかインスタで流れてきた動画で、地下街をでかくてもふもふの犬が大勢走り回っていて「ほんとかよ〜」と言いながら笑っていた。そんな瞬間に出会えたのなら、しゃがみ込んで両手を広げてうわーといいながらぶつかられたい。食べられてもいい。